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日本のパソコンの歴史 4
8ビット機の終焉
1982年に後述のPC-9800シリーズが登場する一方で、MSXが出た
同じ年の1983年、任天堂からファミリーコンピュータが登場。
パソコン用ソフトにおける違法コピーに悩まされていたソフトハウスも次第にソフトウエアを開発するようになった。
グラフィックを高速・多色化し、音についてはPCM音源・FM音源化、外部記憶装置はフロッピーディスクドライブ内蔵が標準的となり、BASICもDISK-BASICとなった。
非力なパワーや狭いメモリ空間でこれらの機能を活用することは難しく、開発コストや人員の問題もあって、市販のゲームソフトなどでは発売と引き換えに使いまわしが行われ、多色機能等はあまり活用されなかった。
黎明期に3強の一角だった日立はグラフィック機能や当時としては画期的なMMUにより1Mバイトものメモリ空間を持つMB-S1(1984年)を出したり、MSX/MSX2に参入したものの、結局ホビーユースからは脱落している。
この隙をついて、MSX2(1985年)が低価格路線に踏み切り、参加企業は減少したものの8ビット御三家と存在として人気を得た。
低価格でフロッピーディスクドライブ内蔵のモデルも発売されたが、MSX2+(1988年)になるとソニー、松下、三洋以外は完全に撤退した。
つかの間、1990年のMSX最終形態のturboRが16ビット機という触れ込みで登場するものの、そのまま終焉することになる。
8ビット機は、ビジネスユースとゲームという要望に、前者を16ビット機に、後者をコンシューマー機に奪われるという形でその幕を閉じることとなった。
2006年09月20日
